昨日、鳴門市老人福祉センター3Fにて、平成23年度コミュニティ講演会が行われ、拝聴して参りましたのでレポートです。
今回はしっとり書きます!
※長いです ※写真ないのでイラストでどうぞです
平成23年度 コミュニティ講演会 演題 『災害派遣報告』
鳴門市内の14の自治振興会による企画講演で、会長さんたちを含め地域防災に関心を持つ人たちが数多く足を運んでいました。
まずは泉市長より挨拶が行われます。地域防災につて、地域コミュニティが果たす役割の重要性と、昨年成立した自治基本条例について説明されていました。
●自治基本条例はこちら↓(鳴門市役所HPより)
http://www.city.naruto.tokushima.jp/contents/fd/jichikihon/jyoureitop.pdf
●泉市長のブログはこちら↓
http://michihiko-blog56.blogspot.com/2012/02/2012221.html
講師は、四国で唯一の施設科部隊・第14施設中隊長の津田さんです。
2011.3.11に発生した、東日本大震災の支援活動の内容と、現地の様子を語って下さいました。
災害派遣時の膨大な活動・支援内容は、変にドラマティックに盛り上げられることもなく、簡潔に分かりやすく報告されます。
次々とスライドに合わせてお話が進みますが、被災地の写真には皆さん息をのみます。
東日本大震災発生時の絶望感。ショッキングな映像や情報が飛び交う中、被災地に“自衛隊到着”の一報が入った時のホッとした気持ち。壊滅的な被害を受けた被災地に赴き、献身的な活動されている自衛隊の皆さんの活躍を耳にする度、希望の光が瞬いた気持ちが蘇ります。
でもそういえば、余り自衛隊が何をするのか知りません。
具体的にどのような活動を自衛隊が行うのか、どのような経路で災害派遣が行われるのか、勉強ついでに調べました(o^∇^o)ノ
津田中隊長のプロフィール
第14施設中隊長 第14旅団司令部施設課長
鳴門高校→防衛大学→陸上自衛隊(長崎・北海道・京都など)→高地駐屯地→徳島駐屯地に配属予定(※阿南市那賀川町に2012年3月末完成予定)
第14施設中隊について
現在高知県江南市香我美町岸本の駐屯地に所属している第14施設中隊は、四国で唯一油圧ショベルやダンプ、渡河ボートなど建設装備を持っている部隊です。地震や津波、山火事や浸水被害等の災害時に、主に四国四県を中心に派遣され、支援復興作業を行います。
あらゆる過酷な条件を想定しながら、重機の操縦や建設作業を迅速に効果的に進める訓練を行うそうです。
そんな訓練もあるんですねΣ(ロ゚ ノ)ノ
2011.3.14 第14旅団に派遣命令が下る
震災直後の自衛隊の動きについて調べました(防衛省・自衛隊のHPより)↓
3.11…14:50 防衛省災害対策本部設置
18:00 大規模震災災害派遣命令
東日本各所にある駐屯地より、陸・海・空から救助・救援活動のための部隊と、原子力災害派遣による特殊部隊が駆け付けます。防衛省・自衛隊では初めての、予備自衛官及び即応予備自衛官の災害招集命令発出。地震発生9日目には10万人を越える自衛官が被災地入り。救助・救援・生活支援など、多岐にわたる活動が行われる。
出動命令が出た第14旅団全隷下部隊は、15日に高地の駐屯地を出発後、3つの駐屯地を経由して18日に震災地に突入します。第14旅団が派遣されたのは女川町と石巻の東地区。
スローガンは「すべての活動は被災者のために」です。
女川町総合運動公園を集営地とし、捜索活動・生活支援を行いました。(~2011.7.31)
隊員全員がヘルメットに「まげねど! 女川・石巻」のステッカーを貼り、行方不明者の捜索、瓦礫撤去、九良くや給水、給食、在宅遭難者の捜索、巡回医療など献身的な活動が続けられました。
捜索活動
油圧ショベルです。瓦礫撤去で活躍します。
ダンプです。瓦礫運びにもってこいです。
渡河ボートです。女川町には東日本大震災は地盤沈下で幅広いエリアが水没したため、行方不明者の捜索、対岸への輸送や移動に欠かせなかったそうです。
ヘリです。救助活動の他、物資の輸送など生活支援にも利用されました。
その他様々な装備が活躍します。
何より、冷たい水の中危険な瓦礫の中に身一つで乗り込み、救援活動を行っている写真が一番多かったです。
生活支援
被災者の生活を支援するための装備です。
一番長く行われた入浴支援です。たくさんの人に利用されました。
お風呂は被災者の皆さんが入った一番最後に、着の身着のままの長時間の作業、被災地における自衛隊の皆さんの献身的な活動は、ご本人たちからではなく被災者や救援活動を行う皆さんの口伝いにたくさん耳にしました。
講演終了間際、斜め前に座っていた老紳士が
「仕事かもしれへんけどな、頭が下がるわ」とつぶやいていたのが印象に残っています。
徳島の自衛隊駐屯地
松茂町(徳島阿波おどり空港に隣接)には、
陸上自衛隊第14飛行隊
四国全域にて、主にヘリコプターによる人員・物資等の空輸や航空偵察を行う。
防災警備任務・地震災害・風水害・林野火災等への災害派遣など、迅速に対応すべく夜間を問わず活動を行う。
小松島市和田の鼻には
会場自衛隊 第24航空隊
周辺海域の防衛、沿岸警備、海上苦痛の保護、災害派遣・民生協力、航空救難などの任務を行う。
そして、阿南市那賀川町には、講師の津田中隊長匹いる第14施設中隊が配属されます。
色んな良く分からない政治的な制約で、声高に自衛隊の活躍が語られることはあまりありませんが、困った時に頼れる方々の存在が有るということと、どんな活動を行うのか、知っておきたいものだな~と思います。
長すぎついでにすみません。愉快・痛快! 塩野七生の『ローマ人物語』には、一大帝国を築いたローマ軍は、兵士一人一人が持つ見事な土木建設技術について詳細に紹介されていたのを思い出しました。防衛にも侵攻にも、国内のインフラ整備にも、統率された組織によるマンパワーと建設技術が国家維持の重要な役割を担っていたそうです。その他面白いエピソード満載ですので、未読の方はぜひ。
ちょーい
最後にご存知の方も多いと思いますがこちらをコピペです☆↓
昭和32年2月、防衛大学第1回卒業式にて
総理大臣・吉田茂が若き自衛官へ贈る言葉
「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。
きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。
御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。
言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
どうか、耐えてもらいたい。」
((o(;△;)o))
























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